ココへ行けば商売繁盛?-京都・繁昌神社

京都にはたくさんのいろんな神社・仏閣がありますが、今回の訪問先は

珍しい名前がついておりまして興味がわいて行きたくなりました。

商売繁盛だけれど良縁も結んでくれるといわれている『繁昌神社』へ行ってきました。

繁昌神社の繁昌宮の額

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京都:繁昌神社へ訪問してきました

繁昌神社正面入り口前

商売をされている方、会社を経営されてる方はお参りしたくなるような神社ですね。

繁昌神社はどのような神社なのでしょう?

清和天皇の代に藤原繁成氏の邸宅に功徳池という池がありました。

その後、延喜年間(901~922年)に安芸の宮島から

三神(市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命)を功徳池の中島に勧請したのが

繁昌神社の起源であるといわれています。

その後、江戸時代に真言宗のお寺に管理され「功徳院」と呼ばれて

弁財天をお祀りしていたが神仏分離の際に市杵嶋姫命をご祭神として

現在の神社となりました。

班女(はんにょ)神社と呼ばれていたのが訛って繁昌(はんじょう)神社と

呼ばれるようになったのだそうです。

繁昌神社を探索してみました

探索・・・といっても、とても小さな小さな神社なので

探索という感じではありませんでした(苦笑)

数人が敷地に入ると混雑(ちょっと大げさにいえばですが)

といった感じになります。

【 手 水 場 】

繁昌神社内の手水場

敷地内も小さいですが、ちゃんと手水場があります。手水のお手本も

壁に貼ってありましたよ。

【 拝 殿 】

繁昌神社の本殿前

ココでお賽銭を入れて、お参りしましょう。

【 本 殿 】

繁昌神社の本殿

奥の本殿に  市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命 がお祀りされています。

【 御 朱 印 】

繁昌神社の御朱印

1枚ずつの御朱印ですが、日にちが入っていない・・・自分で書くのかな?

【 御 札 】

繁昌神社の御札

こちらは御札ですね。

【 お 守 り 】

繁昌神社のそろばん玉のお守り

技能を磨いて商運・財運をつかむ そろばん玉のお守り

繁昌神社の良縁祈願の桃の鈴

縁起の桃で邪気退散 悪縁を絶ちます 良縁祈願の桃の鈴のお守り

訪問当日は、社務所の方はいらっしゃいませんでした。

班女塚へも行ってみました

この繁昌神社からほんのちょっと北西方向に行ったところに

「班女塚」というものがあります。

この塚の事が繁昌神社のいわれに書いてあったので行ってみました。

【 班 女 塚 】

繁昌神社の北西にある班女塚

この班女塚のいわれは「宇治拾遺物語」の第三巻「長門前司の娘が

葬送の時本所に帰る事」に記載されているお話にちなむとか。

 

どのようなお話なのか、簡単に・・・

 

ここに住んでいた長門前司の娘という女性が重い病で亡くなりました。

遺体を鳥辺野(昔の京都の風葬地:現在では清水寺の辺り)に運んだが、

やけに軽く棺桶のフタが開いていたため棺桶を覗いてみると中は空っぽ。

家に戻ると娘の遺体は自宅に横たわっている。次の日も同じ事象が起こり、

その後鳥辺野へ運ぼうとしても今度は遺体が根を張ったように動かない。

ここに埋めてほしいのではないか?ということで

この土地に埋葬することになりました。

 

しかし、近隣の人も遺体が埋まっている事に気味悪がって立ち退いていき、

やがて住む人がいなくなり、塚だけが残ることになったというお話です。

 

【塚の後ろにあるお地蔵様】

班女塚の後ろのお地蔵さん

 

班女塚の横に、祠があったのですがちょっと撮る気にならなかったので、

画像はありません。

 

繁昌神社の情報です

名   称 繁昌神社(はんじょうじんじゃ)
住   所 〒600-8433 京都市下京区高辻通室町西入ル繁昌町308
T E L 075-371-4615
休   日 不明
参 拝 時 間 不明ですが一般的な参拝時間に訪問して下さい
ア ク セ ス

京都市営地下鉄烏丸線・四条駅より徒歩5分

阪急京都線・四条駅より徒歩5分

地    図
駐 車 場 情 報 ございません
公式ホームページ ございません
主 な 御 祭 神 市杵嶋姫命、田心姫命、湍津姫命
摂社・末社を含む
他 の 御 祭 神
ございません
ご 利 益 商売繁盛、家内安全、諸芸成就、良縁成就

繁昌神社&班女塚へ訪問してみて

本当にこじんまりとした神社でした。

訪問した時は地元の方でしょうか、親子3人で来られている方が

お参りされていましたが敷地内に数人が入ってると狭く感じるくらいの

広さです。お守り、御札などは置いてあるので初穂料を

(賽銭箱にかな?)払って頂くことになっていましたが

社務所の方がいつも不在なのか、在中されているのかはわかりません。

班女塚へも行ってみましたが、怪しげな雰囲気はないものの

なんとなく、近くにあった祠は撮影する気になれなくて(-_-)

昔に、豊臣秀吉が若宮八幡宮社近くに移そうとしたが、祟りがあったとして

現在地に戻されたことの記録が残っているとか。

よほど、この地から離れたくないのでしょうね。

京都って所々で、昔の言い伝えでちょっと恐怖を感じる場所が

残っている処があるけどそれも違った京都の魅力なんでしょうかね~

このブログを読んでくれたあなたに

良いことたくさん起こりますように (^_-)-☆

最後まで読んで下さってありがとうございました。

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